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初夏の日の記憶

2010年07月05日 08:00

■- Prologue -

20100702_bl-blog_01_1


遠い遠い、ある日の記憶が過ぎった。
忘れたくても忘れられない、あの日の記憶。
思い出す度、頭の片隅の棚にしまって、いつでも思い返せるようにと、ちっぽけな頭で考えるのに、そんな時に限ってある一瞬、ふっと消えてはまた蘇る記憶。

おれは、多分、きっと、
これからもずっと、彼女の姿を探し続けるだろう。
 
 
11年程昔の7月のある蒸し暑い日、自社を退職した事により出向先の某メーカーとの出向契約も終了して無職になった時、大阪でおれはそう心に感じた。
そして額に滲んだ汗を手で拭うと、職の相談をするために慕っていた先輩の下へと足を進めた。



■リスタート・ポイント
7月3日(土曜)の深夜1時過ぎ頃。
部下Kが週明け早々に客先に提出しなければいけない資料を仕上げ切った時、おいらは自分の部屋でうたた寝をしていた。
「ベルさん、すいませんでした。やっと仕上がりました。」Kに揺り起こされたおいらは、目を擦りながら「おう、そっか。ご苦労さん!」と言ってKの肩をポンと叩いた。-つもりだったが、寝ぼけていたせいで力任せに殴ってしまった様で、Kは「うっ・・・!」と呻き声を上げると、肩を抑えながら中腰に屈んだ。
「わりい、わりいw」と謝りながら「もう時間も遅いから明日出てきて見てやるよ」と付け加えて言うと、帰り支度をするよう促し、そして2人肩を並べて「おまえがちょこちょこ差し入れてくれた数々のメニューな、あれ、一体何時こそこそ買いに抜け出してたんだ?」と、他愛の無い会話を交わしながら会社を出た。

守衛が眼光スルドク警備している会社のゲートを社員証を見せながら出て、駐車場に向っていると、駐車場の横の敷地にある小さな公園で花火に火をつけてはしゃいでいる連中がいた。変な連中が集っているのかと警戒気味に駐車場に入ると、その連中が暗闇の中から「お疲れ様~!」と言いつつ寄って来る。
-なんだなんだ?
更に警戒しながら後ろに下がりつつ目を凝らして見ると不審な連中と思しき面々は、とうに帰宅したはずのA美やNなど、おいらの部署のワーク・グループのメンバー8名だった。
おまえらこんな時間にこんなトコロで何してんの?と聞いてみると、資料作成の進捗状況が思わしくなかったKを心配して待っていたとのコト。
-ほほお。


Kを心配して待っていた連中の中に、今年1月に結婚退職したB菜の姿もあった。
「おまえはどうした?」と笑いながら聞くと、A美から連絡を受け、旦那に許可をもらってわざわざ出てきたと言う。それなら仕方無いっか、てコトで部下9名を引き連れ会社近くのちっぽけな呑み屋へと向かった。
安っぽいドラマの様な展開だが、おいらの部下どもは全員何がしかの理由で職を失い、職に窮しておいらの勤め先の面接を受けに来た連中ばかりで、面接に立ち会ったおいらの心にピンと来るものがあって採用を決めた連中でもあった。そんな経緯があってか連帯感と責任感が強く、おいらの部下どもは経営者サイドの評価がとても高い。まさかあんなスルドイ一面があるとは思わなかったショットガンも、実はおいらが採用を決めた臨時社員の中の1人であり、専務連中からとても気に入られていたりする。

ちっぽけな呑み屋の店主が2時半には店を閉めたいとつまらない事を言ってきたので、24時間営業のカラオケボックスに移動し大部屋を借り切って騒いだ。
ウチのワーク・グループで呑み会を開催すると、必ず聞かれる事がある。自分の夢や希望・目標を設定して働いている部下どもは基本的に真面目な連中であり、当然ながら彼らは以前の勤め先でもそれらの目標を実現するために働いていた。そんな彼らは、おいらが元はSE志望で社会人になったのに、なぜ今は営業職の長として働いているのか興味がある様で、呑み会の度に同じ質問を受けていた。
おいらはその度に「会社の方針」や「心変わり」、「営業部の女性アシスタントに惹かれたから」等とテキトーに受け流していたが、そんな回答に真面目な彼らが納得するはずがなった。


大学4年の卒業が間近に迫ったある日、親にも相談せずに中退を申請してコンピュータ関連の専門学校に入校したおいらは、後に入社したプログラミング会社で働き出してから2ヶ月ほどが過ぎた頃、突然の配置転換を申し渡される事になる。
SEのタマゴから営業職として某メーカーに無理やり出向させられた挙句、長年に渡って営業職を勤めてしまった事がSEを諦める原因となったというのが事の真相で、そのリスタート・ポイントが営業屋「べる@SiDOOH」の始まりでもあった。
そんな事を思い返していて、当時、突然申し渡された配置転換に乗じて何か他に個人的な目的があった様な気がしたな、何だったっけか・・・と考えながら、安っぽいバーボンが注がれたロックグラスを傾けていた。



■遠い日の記憶が過ぎる瞬間(とき)
7月4日(日曜)快晴日和の正午前。
"ねえ、△△△△・・・。ねえ、△△△△ってば・・・。ねえ、聞こえないの・・・?"
誰かに自分の名を、それも中学生の頃の懐かしいニックネームでおいらを呼ぶ声が聞こえた様な気がして、「ああ、誰だったけ?誰?」と言いつつ飛び起きた。少し幼さが残る優しい感じの女性の声だった。辺りを見渡してもここは自分の部屋で、勿論、おいらしかいるはずがなく。
-・・・夢か。
独り言を呟いて時計に目をやると、もうあと数分で正午になるところだった。
夕べは結局午前4時過ぎまで呑み明かし、始発電車に揺られて帰宅したのであった。夕べはPC弄れなかったなあ・・・今日は、今日こそはXPのクリーンインストとAHCIドライバ放り込んでZM-HDR1の動作確認もしないとなあ・・・そんな事を寝惚けた頭で考えながら、屁を一発ぶちカマすと立ち上がった。

階下に降りてキッチンの茶箪笥を引っ掻き回しても昼食になるような物は何も無かったので、食い物とお茶、そしてリゲインを調達するために近所のコンビまで出掛けることにした。出かけ間際、相変わらずの親父との一悶着があったが、気を取り直してコンビニに向かって歩いた。
途中、夕べの呑み会で思い出しかけた配置転換に乗じた個人的な目的ってなんだったっけか?とボンヤリと思い返していて、ついでに朝の懐かしいニックネームでおいらを呼んでいた声って、なんだか聞き覚えのある様な声だったな・・・と思った。誰だったかなあと考えても女性の名前は浮かんでは来なかったが、ひとつだけ、あのニックネームで呼ばれたという事は中学の同級生の女子の声だろうという事だけは推察できた。
しかし、忘れた頃に開催される同窓会で再会する同級生の女性達の顔を思い出して頭の中に浮かべてみても、夢の中で響いて伝わってきた、あの少し幼さが残るやさしい声とは結びつかなかった。


コンビに弁当の昼食を終え、XPのクリーンインストとAHCIドライバ放り込みを数回トライしたが、ことごとく失敗していた。CMOSクリアを行ってからトライしているのに、BIOS上にXP起動中に放り込みを行ったAHCIドライバの情報が残ったままになっているのか、GIGABYTEのサイトから落とした1つヴァージョンの古いAHCIドライバのインストール途中でエラーを吐き出して止まってしまう。
-・・・う~ん。
そろそろ気温がMAXに高くなる14時過ぎに差し掛かろうとしていた。頭の中とPCに休憩を与えるべくPCの電源を落としていると、パートの仕事を終えた母親が帰ってきて、おいらの部屋に上がってきた。母親はおいらの部屋に入るなり、「ふぅ~、暑い」と言ってハンカチで額の汗を拭いながら、何かしら言葉を続けた。
しかしおいらの頭の中は、母親のそんな仕草を見た瞬間、走馬灯を見るかの様に今まで見てきた色んな光景を光速でプレイバックしながら、30年ほど昔の世界にタイムスリップしていた。



■初夏の日の記憶
-ああ、そう、そうだった・・・そうだったんだよ・・・。
30年ほど前の世界の中で、中学3年生のおれは友人とかおりちゃん、そしてかおりちゃんの友人の女子生徒と4人で楽しそうに、何やら笑い声を上げながら話しこんでいた。
中学卒業を目前に控えたある日、おれはクラスメートのかおりちゃんに告白するかどうか思いあぐねていた。今でもそういう方面には割りと奥手で真面目なおれの、初恋の女性だった。友人に相談してみると何の因果なのか、ソイツもかおりちゃんに告白すべきかどうか迷っていると言った。友人とおれは、お互い抜け駆けは無しにし、卒業式の日に2人同時にかおりちゃんに告白して、どちらが選ばれても、また選ばれなかったとしても、永く友人でいような!と、固い約束を交わし当日を待った。
そんな昔の青春映画さながらの青春劇の主役を演じ、おれは見事、かおりちゃんを彼女としてゲットする事が出来、友人は「そんな約束知らねえ!」という言葉を残して家出してしまった。
友人の失踪は悲しかったが、3年生にあがって同じクラスになった途端、好きになってしまった女性とお付き合い出来るという事実は、当時のおれの何物にも代え難かった。

どこに惚れたと聞かれると具体的に説明する事は出来なかっただろうが、おれは長男で彼女は長女、そして彼女のちょっと歳の離れた弟と、おれの下に控えている2名の妹の中の下の妹が同い年で、まずは何かと話があった。加えて長女なのに臆病、長女で弟がいる環境から何かと物腰が優しげだった事が、おれのハートを射止めた。
しかし折角、お付合いする事が出来る環境になったというのに、彼女はバレーボールのスポーツ推薦で東隣の街の私立の女子高に進学し、おいらは地元から西隣にあるくすぶった県立高校へ進学と、全くの逆方向の高校に通っていたため中々会う事が出来ずにいた。おまけにスポーツ推薦で進学した彼女の環境はかなり厳しい様子で、1週間に1通の割合で届く手紙の中に「本当に部活が厳しくて学校を辞めたい。行きは始発電車、帰りはいつも終電ギリギリ。終電で帰ってきた駅から自宅までの道のりが怖い。△△△△、助けて。」と、いつもグチを書いて送ってきていた。


おれは時々、終電が地元の駅に到着する時間に合わせてコッソリと家を抜け出して様子を伺いに行ってみたりしたが、1度も彼女に会えずにいたある日のこと。
家を抜け出そうとして親父に見つかった。親父に事情を話し、様子を見に行くだけだからと伝えても、今ほど世間の事情について知りもしなかった親父は「終電で生徒を帰らす様な女子高があるか!」と言っておれを外出させてはくれなかった。
そんな状況が数ヶ月続き、季節が秋色に染まりつつある高1の9月頃から、彼女からの手紙がプッツリと途絶えた。
おれは不安になり、その後度々、親父の制止を振り切って夜中に様子を見に出掛けてみたりしたが、やはり彼女に会う事は出来なかった。日曜に手紙に記された住所を目安に彼女の自宅を訪ねてみたが、表札が外された空き家が1軒、人が住んでいる気配も無いままポツンと建っているだけだった。
-親の事情で急な引っ越しでもあったのかな・・・。
空き家の荒れた庭の様子を眺めながら、そんな事を考え涙を一粒落とした。

それから2年が過ぎた高校3年生の7月半ば。
郵便局の転送処理に期待を込め、あれから幾度と無く手紙を送ってみた。しかし、投函した手紙の全てが宛先不明で戻ってくる現実に呆然としながら、やはり親の急な事情で引っ越してしまったのだろうと、彼女の事をほぼ諦めきっていたある日のこと。期末試験前の試験休日に家のキッチンで冷えた麦茶を飲みながら試験勉強をしていると、下の妹のPTAの会合に出席していた母親が帰ってきた。
母親は帰ってくるなりキッチンに入ってきて、「ふぅ~、暑い」と言ってハンカチで額の汗を拭いながら「ねえ、あんた。あんたが前に彼女が出来たって喜んでいた時の彼女の名前って、OOOかおりちゃんって名前だった?」と聞いてきた。おれは一体何だろう?と思いながら「そうだよ」と答えると、母親が真っ青な顔になって言葉を続けた。「XXX(下の妹の名前)と同級生の弟さんがいたでしょ?最近、PTAの会合に弟さんのお母さんの姿を見かけなくなってどうしたんだろうって話をしていたら、その人のご近所の方がね、その家のお姉ちゃんが夜中に駅前の通りを歩いていてチンピラみたいな3人組にさらわれちゃったらしくて、・・・」


おれは、それ以上聞きたくない!と言おうしたが、母親の口は止まらずツラツラと続けられた。
「・・・それでね、イタズラされちゃったらしくて、お姉ちゃんのお腹の中に赤ちゃんが出来ちゃったみたいでね、一家で夜逃げ同然の様な感じである日突然いなくなっちゃったんだって、さっきね、そう教えてもらっちゃったのよ」と言った。おまけに「夜中に出歩くような子と付き合っちゃダメよ」と、言わなくてもいい事を付け加えてしゃべった。そして、何事も無かったかのように「あ~、暑い暑い」と言って、自分の部屋に戻って行った。
おれはテーブルの上に、麦茶が入ったグラスを落とした。
何もしゃべれなかった。何かを言いたいのに、何を言いたかったのかわからない。頭の中がぐちゃぐちゃで、何をどう話していいのかわからなかった。そして心の中に言い様の無い憤りが渦巻き、何かはわからないが、何かを、兎に角何かを滅茶苦茶にぶっ壊したくなった。

その日の夕飯時、おれは家族より少し遅れてテーブルに着いた。
そして妹達もテーブルに着いているにも拘らず、何かが弾ける様に口を開くと親父に向かって「おまえが外出させてくれなかったから、彼女が!彼女の家族が!毎日悲しい思いをして過ごす羽目になったんだぞ!!」と言って、ご飯茶碗をテーブルに叩きつけた。何も知らない妹達は、目を丸くひん剥いて驚いていた。親父が悪い訳じゃない、そんな事はわかっている。しかし当らずにはおれなかった。親父は母親から話を聞いていた様で「お前の身に何か起きなくて良かっただろうが!」と反論してきた。そして続け様に「あんな夜中に外をほっつき歩く様な女が悪いんじゃないか?え?どうなんだ!?」と、何もわかっていない、情けない言葉を付け加え、そしておれのやり場の無い憤りに完全に火を点けた。


おれは自分の部屋に戻って彼女からの怯えたグチが書かれた手紙の束を手に取ると、それを持ってキッチンにとって返し親父の顔面に思いっきり手紙の束を投げつけた。
「親父もお袋も、その手紙全てに目を通してみろ!彼女はなあ、スポーツ推薦で進学して私立高校の厳しい部活に耐えながら毎日毎日学校に通ってたんだぞ・・・行きは始発、帰りは終電ギリギリと書かれてないか?あ?そして"駅からの帰り道が怖い"と書かれてないか!?何とか言えよ!!!」親父と母親は、何も言わずに手紙を見ていた。その様子が、逆におれのやり場の無い憤りを更に肥大化させた。
視線を下に伏せている親父に向かって「さっきおれの"身に何か起きなくて良かった"とかヌカしてたけど、もしもウチの妹に同じ様な事件がおきたら、おまえどうする?え?その時、妹に彼氏がいる事を知っていたら、その彼氏に心の中で助けてやって欲しかったとか思うんじゃないのか!逆に何もしてくれなかった彼氏を少しは恨んだりするんじゃないのか!?自分だけが、自分の身内だけが無事なら良いとか、フザけた事言うなよ!!!」

そこまで一気に捲し立てた瞬間、臆病な彼女の身に降りかかった悲しい事件に彼女が本当に怯え泣き叫んでいる姿が脳裏を過ぎり、涙がポトポトとテーブルの上に落ちた。
親父はそんなおれの姿を見つめ「お、おれなら・・・け、けい、警察にと、届け出て・・・対応してもら・・・うぞ」と言ったが、おれは「事前に防げるものなら防いでやりたい、娘に悲しい思いはさせたくないと思わないのかよお・・・」と言いながら、涙を零した。
こんな騒動があった2年後の夏、高校2年にあがった上の妹に痴漢騒ぎが起こった。家のすぐ近所のバイパス下のトンネルの中で変な中年に触られそうになったらしいが、学生鞄で顔面を叩いて無事に逃げる事が出来、学生鞄を取られただけ済んだという事だった。しかし、ウチの親父は警察に届け出る事すらしなかった。町内には上の妹と歳の近い女子高生は大勢いるのに、である。もしも町内の別の女の子が痴漢にあったと言う噂が流れた時に、「ウチの娘は何もなくて良かったよ」で、済む話なのであろうか。当時のおれは、妹が2人も下にいたせいか、喧嘩なんかした事も無いのに、正義感だけは無駄に強かった。



■記憶の中の彼女を捜す
大学に進学が決まったおれは、講義には殆ど出席せずにバイトに励んだ。
始発電車に乗って早朝の朝7時から喫茶店で働き、夕方からは別のレストランで終電の時間まで目一杯働いた。大学2年の夏までに200万円を貯め込むと、150万円を手に握って興信所に駆け込んだ。興信所とは、今で言うところの探偵事務所である。そしてかおりちゃんの所在を、無事に生きてやっていけているのか確認してくれと依頼した。1ヵ月後、興信所から所在不明と報告を受けた。大学3年の冬までに更に100万円を貯め込むと、残っていた50万円と合わせた150万円を握り締め、別の興信所に駆け込み同様の依頼を頼み込んだ。しかし結局、2件目の興信所でもかおりちゃんの所在を掴む事は出来なかった。ひょっとすると、大学生の依頼と言うことで適当にあしらわれているのかも知れなかった。
おれは途方に暮れた。かおりちゃんは、今、どこでどう暮らしているのか、悲しい事件を乗り越え、少しは幸せな生活が送れているのだろうか。遠くからでもいい、兎に角、今どうしているのか顔が見たかった。そう思うのは、おれのエゴなのかも知れない・・・とも思ったが、どうしても所在を確認し、顔が見たかった。

その後の3年余りの時間が、この悲しい記憶を脳の奥へと押しやった。
親に一言も相談せずに大学を中退し、自分のバイト料だけで何とか専門学校を卒業した。名古屋駅近くのプログラミング会社に就職し、チャートシートと睨めっこをしながらのプログラミングをこなす日々が2ヶ月ほど過ぎた頃、会社の社長から大阪への転勤を命ぜられた。来月から大阪にある某メーカーに出向し、営業職に就けとの社長命令であった。
-なんで営業!?
SEを目指していたおれは、当初はこの社長命令を頑なに拒んだ。しかし社長はクビにするぞ!と脅しをかけてきて、否応無しに大阪へと旅立つ事になってしまった。そうして某メーカー預かりとなったおれは、転属後の3ヶ月ほどは全く仕事をやらなかった。営業職なんてやる気が出なかったのである。ところがそんなある日、おれと同じ様に某メーカーの子会社から出向してきた先輩が、部長におれの就労態度について「どうしていいのかわからない」と相談している姿が目に入った。先輩の苦悩に満ちた表情を見たおれは、出向が取りやめになるとか自社を首にされるとかじゃなく、単純に今更だが、自分の出向に関して色んな人の世話になっていること、そして今、その色んな人に迷惑を掛けている事に気づいた。ま、若かったということで。


それからは心を入れ替え、真面目に就労する様になった。
また、おれが真面目に就労する様になるのと比例して、仕事量がどんどんと増えて連徹する日々が続き、また、連徹するほどの仕事が続けば続くほど、かおりちゃんの事件の件は益々脳の片隅へと追いやられていった。
死にそうになるほど忙しい日々が続いたある日、ポッカリと予定が空いて定時に上がれる日があった。これは久し振りにマンションのベッドでゆっくり寝る事が出来る!と喜んでいたら、先輩から「一杯付き合えや、な。」と誘われた。おれは仕事上の付き合いとか、接待で呑みに行くのを異様に嫌っていた。が、この先輩には就労態度の件で迷惑を掛けている。即座に「喜んで!」と返事をし、大阪に来て初めて夜の繁華街へと繰り出した。
梅田の地蔵横丁の近くの呑み屋に入ると、先輩が「べる、大阪の街もいいもんやろ?」と聞いてきたので、「そうかも知れないです」と答えた。先輩はニヤッと笑って「そっか、そっか」と言うと、続けて「おまえ、いきなり大阪に狩り出されたんやろ?何か悩み事とかあらへんか?」と聞かれた。

その瞬間、頭の中にかおりちゃんの事件が物凄い勢いでクローズアップされた。おれはこんな話をしてもいいのかな?と思いつつもかおりちゃんの事件について話した。そして「まあ、今更もうどうにも仕様が無い事なんですけどね」と付け加えて苦笑いを浮かべると、先輩が「おまえアホやなぁ」と言った。おれは大阪弁を真似て「ほんま、アホですねん」と返すと、先輩がすごい真剣な顔で「今、連日追われる様に作ってる資料が全部片付いたら、次は全国出張が続くねんで、資料の提出先書いてあったやろ?青森に千葉、山梨に福井・・・まだまだあるで」と言った。
-あっ!!!
「何を今更"あ"やねん」先輩は笑いながら続けた。「事件があった頃って彼女まだ15歳やろ?そんな若い年齢で子供がおったら目立つし、そうそうマトモな所ではきっと雇ってもらえへんからな。出張がてら、呑み屋とかスーパーとか、そんな女性が職に就けそうなところ探してみたらええねん」そう言って先輩は、「今日はええ話し聞けたんやから、おまえの奢りな?」と言った。おれは「ちょっ・・・ええええ!いい先輩だなあって思いかけてたのに」と言うと、「冗談やって」と言って先輩は大笑いした。


それからおれは、10年近くその某メーカーで働いた。
1件の遠距離出張で3~4件の呑み屋を梯子する日々が続いた。はっきり言ってスナックならまだしも、高級クラブなんかを梯子すると所持金が追いついてこない。それでも諦めずにかおりちゃんを探し続け、西日本の主な都市は殆ど制覇したものの、一向にかおりちゃんが見つかる気配はなかった。
そしておれは、隣の部署に勤務していた女性と知り合い、結婚した。その後、自社の経営状況がドン底に陥り今にも潰れそうだという話を聞きつけて退職すると同時に出向契約も切れ、已む無く他業種のメーカー直径子会社に就職した。
結婚後も女房に事情を話して細々と捜索を続けたが、その内身体の調子を崩した上に離婚と打撃が続き、捜索は頓挫したまま現在に至る。

今の勤め先でも捜索は出来なくも無いが、出張先が福岡・東京・青森とかなり限定されてしまう上に、おれの役職上、そうホイホイと全国各地をうろつく暇がなかったりする。
専務に出張先の拡充をお願いしてみると、アメリカ出張の席が空いてるけど行くか?と意地の悪い質問を返される。島耕作じゃないんだから、そうそうプライベートを犠牲にしてまでの出張なんて行きたくない。
しかし、諦めない。
その内どこかで偶然出会える事もあり得なくない、と思う。



■時空の旅から戻って
7月4日(日曜)の午後14時半前頃。
フッと我に返ると、母親が「ちょっと、あんた、人の話を聞いてる?」と言って、おいらの顔を覗き込んでいた。
「ああ、ごめん、ちょっとボーっとしてたよ」と返すと、右目から水滴が1粒落ちた。それを目にした母親は「え?どうしたの・・・?あんた、泣いてるの?」と聞いてきた。おいらは慌てて頬に付いた水滴の流れた跡を右手で擦って消すと「いや、目にまつ毛か何かが入って・・・」と誤魔化し、「ホントに大丈夫?大丈夫なら、時間が空いたらスーパーまで送ってね。頼んだよ」という母親の依頼に「OK」と、顔を背け答えた。
その直後、おいらの携帯が"ダース・ベイダーのテーマ"を奏でた。
専務からの着信である。「お疲れ様です!」と言って出ると、今夜の夜勤の管理職役が足りないので夜勤に出てくれないかとの問い合わせだった。「夜勤に出たら、出張先の拡充手配して頂けますか?」と返すと、専務が「いつもそんな事聞いてくるけど、一体何があるんだ?何か理由があるなら言ってみろ」と、しつこく言うので、「全国各地を回って可愛い女の子の一本釣りが夢です!」と答えた。

すると専務は「そんな事言ってると、可愛い可愛い自分の娘に嫌われるぞ!」と言って笑って切ろうとしたので、おいらはすかさず「専務!おれを拾ってくれて感謝してます。おかげでここ数年何かにつけて、その可愛い可愛い自慢の娘の顔を見る事が出来る様になりました。ありがとうございます」と伝えた。おれの部下どもと同じ様に、おれはおれで専務に中途採用を決めてもらっていたのである。
専務は笑いながら「心の底からさあ・・・そう思っていてくれるのなら・・・」と、ちょっと勿体をつけて「・・・おれに一本釣りした女の子の1人や2人、紹介してくれよなあ」と言ってきたので、光の速度で「それは無理!では今夜、夜勤に出社します」と答えてこちらから電話を切った。
そして部屋のドアから顔だけ出して階下にいる母親に「今日、夜勤入ったから!」と伝えると、かおりちゃんに「これがおれの娘だよ。離婚しちゃったけど自慢の可愛い娘がいるんだよ」と、紹介してやりたいと思った。



■- Epilogue -
久し振りに、遠い遠い、あの日の記憶が脳裏を過ぎってしまったおれは、
頭の中にある、大事な物だけを仕舞う金庫の扉を開けると、そっと大事に、"忘れないから"と呟いて、彼女の記憶をそこに仕舞った。

だけど、多分、おれは、
まだまだ諦め切る事が出来ない彼女の姿を、
いつの日か、きっと、必ず見つけ出してみせる。

いつの日か、きっと。
絶対に。
 
 
 
 
 
2010年7月5日 夜勤明けの社内から
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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